多様な質問を、すこしづつ、時間をかけて投げるのがいいのかな?

今日また話を聞いてる中で、おもしろく聞きつつ、さらに自分の体力を恨めしく思った日でした。最低限のペースは間に合いそうな期間っぽいので、夜はできるだけ新しい方に使えるようにしたい。

 

 

大切な人とのことを、過去現在未来の時間とをじっくり見つめ直していくこととしては、そのきっかけになりそうな「質問」やらテーマ的なものを、少しづつ投げかける(提示)のが、すんなりできそうなイメージかなと。

そんなこんな、あれやこれやでぱっと思い出すものって何あったかなと、ぱっと思い出す映画があったので、久しぶりに見返した。


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「棺桶リスト」的にまでさし迫ったものではなく、それでもすっと考えてしまう質問や問いを用意していって、書きすすめる一助になれればいいのかなと思う。それをイメージするためにも、いろいろ見て書き出していきたい。

 

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(全然関係ない個人的なこと)

「墓」に対する捉え方って個人の根本が出るかもな〜と、ずっと前に思ってたのを思い出した。正直に吐き出すと、結構幼いころから墓についてあまりポジティブに考えておらず、「いなくなってまで子孫をその場に縛りたいかな...?」と漠然と思ってた。(仮に子供がいたとして)自分が死ぬ側だったら絶対に重荷になるシステムにしたくないし、墓が重荷になりそうならどうぞどっかにテキトーにまいてほしいと本気で妄想したのを覚えてる。場所にこだわりを持ちづらい根本がどこかかすってる気がする。

 

また全然別軸でふと、いまだに納得してない親の言動を思い出した。

(今もだがさらに)しょうもなかった子供の自分を黙らせる言葉として、「誰が稼いだ金だと思ってるんだ?」というのを何回か言われた記憶がある。

というのも、その言葉すら「うるせー!」で言い返せる子ならまだいいけど、「どうすればよかったんじゃい。。」と考え込む子供としては、「金→労力→時間→時間のムダ?→→(溜まってるアレコレを混ぜ込む)→→→じゃあテメーはなんで俺を生んだんだ?」まで連想して妄想するガキもいたからである。

しかるにしても、逃げる余地がない(言い返す余地がない)言葉をかけるべきじゃないと、イライラしながらさんざん考えた気がする。

 

実家に帰省中の会話で、姉の旦那さん(義兄)は非繊細さんっぽかったから、仮に姪が繊細さん体質だったら大きな悩みで衝突したりしないかな。。と少し心配になったりもした、のも思い出した。